昭和歌謡  独り言

syouwakayou

グループ

ピンキーとキラーズ 「恋の季節」

a view of the ocean from a sandy beach

発売日 1968年 7/20

作詞 岩谷時子   作曲 いずみたく

私が小学校6年の時の夏に大ヒットの「恋の季節」

ダービーハットときりっとした髪型でボーイッシュな面とそれでいて色気のある元気娘ピンキーがボーカルのグループでした。

私が小学校6年のクラス担任は千葉大学を卒業したばかりの女性でしたが、ピンキーが担任だったらどんなに楽しいかと子供ながら変な気持ちを持ったものです。

この曲はなにせ歌の出だしが歯切れよく「忘れられないの・・・あの人が好きよ赤いシャツ着てさ・・・」普通忘れられないは「~は忘れられない」という表現ですが、頭に「忘れられないの・・・」とくるから英語圏の表現であってインパクトが増すのです。振付のダービーハットの先に手をやって回す仕草やダンスのステップも曲にマッチしていました。レコードジャケットも鮮明な色で燃えるような夏の恋の歌にぴったりでした。ピンキラのようなグループは当時グループサウンズ以外では珍しく何か外国のグループが出現したようなかっこよさがあったのです。日本の昭和成長期を表すようなのりのよい明るい恋歌です。

「恋の季節」の次に「涙の季節」(この歌は恋の季節よりも好きかもしれません)が発売され一転して失恋の切ない大人の歌詞をピンキーがしっとりと歌い上げ歌唱力に脱帽したものです。この2曲を続けて聴くとストーリー性が増します。

当時はいずみたく門下の先輩の佐良直美(「世界は二人のために」が超大ヒット)と歌唱力を比較されたものでした。

 

ザ・タイガーズ 「落ち葉の物語」

a wooden walkway with leaves on it in the woods

発売日 1968年 1/5 「君だけに愛を」のB面

作詞 橋本淳   作曲 すぎやまこういち

「シーサイドバウンド」(ザ・タイガーズの2曲目のシングル)をテレビで見た時の衝撃は忘れられません。こんな人達が日本にいるんだと思ったものです。このエキサイティングな派手なグループは長くは続かないだろうと小学校6年生の私は考えたものです。なんのなんのこのタイガーズ(ボーカル 沢田研二 ジュリー)、スパイダーズ(堺正章 マチャアキ 井上順 かまやつひろし)、テンプターズ(萩原健一 ショーケン)等の山ほどのグループが出現しGSブームを作り上げたのです。何せ日本人の男性がマッシュカットのような長髪を日常で見たことがなかったのです。コンサートではザ・オックスなど女性ファンが失神する騒動が話題になったものでした。グループサウンズの話はこれくらいにします。

ザ・タイガーズには「モナリザの微笑み」「銀河のロマンス」「花の首飾り」「君だけに愛を」などヒット曲が山ほどありますが、私の中での永遠の1曲がザ・タイガーズの「落葉の物語」なのです。

この曲は当時の「明治チョコレート」のコマーシャルソングだったのです。熱狂的なファンであった私はザ・タイガーズのポスターが欲しくてほしくて明治チョコレートの応募懸賞にせっせと応募し送られてきたポスターを部屋にところ狭しと飾ったものでした。今でも覚えていますが応募封筒に「見返り美人」の切手を貼って応募したことがありました。「見返り美人」は当時でも数万円の値打ちがあった筈ですが、中学生になってそのことを知りました。「見返り美人」に匹敵する位の「見返り」があったのだと自分を納得させたものでした。

寒い秋から冬にかけて是非とも聴いてほしい1曲です。

ピンクレディー 「渚のシンドバッド」

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発売日 1977年 6/10

作詞 阿久悠   作曲 戸倉俊一

日本テレビ「スター誕生」(1971~1983年 素人が歌手を目指すスカウト番組 萩本欣一司会 山口百恵 桜田淳子等大勢の有名歌手を輩出)で勝ち抜きデビューを果たす。実際にオーディション本番で歌ったのはフォーク系だったが、デビューでは激しいダンスが売りのPOP系にて売り出されました。令和生まれでも知っている伝説の二人組グループです。一世を風靡し当時の「ザ ベストテン」(TBS ヒットランキング歌番組 久米宏 黒柳徹子の司会で伝説番組)では次の新曲は一体どんな振付を見せてくれるのだろうとワクワク期待をしたものです。

数ある大ヒット曲(日本レコード大賞曲「UFO」、サウスポー等々)の中で「渚のシンドバッド」を取り上げたのは当時 私は東京の色々な学校の生徒が集まっている男子学生寮で過ごしていました。この学生寮では何故かある時期になると自主で文化祭のようなものを主催し、大学生の女子20~30人位を招いてのお祭りを実施していました。そこで私ら男子が何か芸を披露するのがマストとなっており、私は慶応に通っているk氏とこの「渚のシンドバッド」を踊りながら披露したのでした。つくづく このころは怖いものなしで恥ずかしげもなく色々なことをしていたものだと思うのです。

この「渚のシンドバッド」が「UFO」と並びピンクレディーの全盛時の歌であったと思います。彼女らの持ち歌の中でもダンスが難しいもので約1か月位練習をくりかえしたものです。

そういう訳で私には一生忘れられない曲なのです。

甲斐バンド 「男と女のいる歩道」

a couple of people standing next to each other

発売日 1976年 8/3

作詞作曲 甲斐よしひろ

大学時代に良く聴いたアルバムレコードはリンダロンシュタット アバ 浜田省吾と並んで甲斐バンドの「ガラスの動物園」というタイトルアルバムです。その頃、陽の「ザ・チューリップ」(サボテンの唄、心の旅が大ヒット)、陰の「甲斐バンド」という感じで男女の悲恋や恋の裏側を甲斐節にて切々と謳いあげています。この「ガラスの動物園」には「テレフォンノイローゼ」「東京の一夜」等名曲がぎっしり詰まっていますが、この「男と女のいる舗道」が最も甲斐バンドのグループ性を顕わしている名曲中の名曲です。「ヒーロー」「安奈」などの大ヒット曲と違いあまり世の中には知られていないと思います。いわゆる別れの唄を「女は泣きじゃくり男のポケットに愛を探す」「いつまでも曲がり角でいようなんて時は許しちゃくれない」等なんて上手い歌詞表現なんだろうと感じてしまいます。甲斐よしひろの擦り切れた声がマッチしその情景が浮かんでくるのです。

当時コンサートにも何回か足を運んだが、甲斐がギターから手を放しマイクを握り目をつぶって歌うのが最もぐっとくる瞬間でした。歌詞を大事にして歌に専念するんだという思いが伝わってくるのでした。

名曲ぞろいの「ガラスの動物園」は一度聴いて頂きたいおすすめアルバムです。

ビリーバンバン  「さよならをするために」

a person sitting on a bench in the middle of a street

今後 紹介予定です

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