昭和歌謡  独り言

syouwakayou

女性歌手

ちあきなおみ 「夜間飛行」

A view of a city from an airplane window

発売日 1973年 6/25

作詞 吉田 旺   作曲 中村 泰士

ちあきなおみには「喝采」という日本レコード大賞曲があり、勿論私も大好きな1曲ですが、「夜間飛行」が忘れられない曲です。

高校生の夏休みに毎日のように代々木のプールに通っていましたが、

プールを出て外を歩くと良く流れてきたのがこの「夜間飛行」です。

失恋の唄で遠く遠く彼方まで飛行機に乗って彼氏と別れる時の女性の感情をうたったものですが、それよりも夏の夜空に吸い込まれていく歌詞、ちあきなおみの歌唱力にうっとりしながら、夜空を見上げたものでした。「喝采」のような切ない訴えるような歌唱からガラッと変わって半分人生、恋を諦めた無常観のよう冷めた謡いぶりが夏の夜空とマッチングしていました。夏の夜に是非聴いて頂きたい一曲です。

都はるみ 「涙の連絡船」

a large black and white boat docked at a pier

発売日 1965年10/5

作詞 関沢真一   作曲 市川昭介

「涙の連絡船」と言えば、私の思い出は「そろばん塾」なのです。

「いつも群れ飛ぶカモメさえ・・・」がそろばん塾とどういう関係なのか分りませんよね。この歌が流行ったのは私の小学校3年当時でさぶちゃんの「はーるばる来たぜ函館」と共に大ヒットしていました。

このころの習い事といえば今のような中学受験なんてものは無縁の話でしたので圧倒的にそろばん塾に行く友達が多かったです。

そろばん塾は夕方の少し暗くなるころから始まるのがセオリーで自宅のアパートを出て通うのはうっすら暗くなり始めたころがお決まりのパターンでした。そんな夕方の情景にマッチした歌がこの「涙の連絡船」で「今夜も汽笛が汽笛が独りぼっちで泣いている・・・」のフレーズが何故か暗い中を歩くのに自然と口ずさんしまうものだったのです。今考えると小学生が大人が聴くようなド演歌を塾に行く途中で口ずさんでいたんですから不思議な話だと思います。

ついこの前、日能研に通うリュックを背負った小学生がミセス・グリーンアップルの「ケセラセラ」を口ずさんでいました。

時代は変わりました。

倍賞千恵子 「さよならはダンスの後に」

woman in white dancing in a ballroom

発売日 1965年3/10

作詞 横井弘 作曲 小川寛興

「涙の連絡船」がそろばん塾への行きの思い出の歌なら、塾から帰ってきて自宅に着いてからテレビでよく流れていたのが「さよならはダンスの後に」です。あの当時はゴールデンの時間帯が歌番組で埋め尽くされていた印象です。

倍賞千恵子さんと言えば後の「寅さんシリーズ」での「さくら」のイメージが強く女優業がクローズアップされますが、本当に透き通るような声の歌手として数々のヒット曲があります。

この曲では貴賓のある凛とした雰囲気で裾の広がったスカートで子供心にかっこいいなと憧れたものでした。その頃の演歌全盛時代にあってこの何とも言えない欧風的リズム、又鹿鳴館を連想させるようなリズムは新鮮に映ったものです。曲途中の変調後の「誰にも負けず深く愛してた、燃えるその瞳(め)もその手もこれっきりね・・・」という歯切れの良いサビが何とも言えません。サヨナラの前にダンスを踊るなんて粋ですね。

中村晃子  「虹色の湖」

brown leafless tree near body of water during daytime

発売日 1967年10/10

作詞 横井弘 作曲 小川寛興

(倍賞千恵子「さよならはダンスの後に」と同じ作詞作曲者です)

「幸せが住むという 虹色の湖・・・」なんて神秘的な歌詞なのかと感心します。中村晃子の歯切れのいい歌い方で次の歌詞が何がでてくるのか期待させたものです。次から次へ続くフレーズ、息継ぎがまるで無いような一種吐き捨てるような唄い方に魅了されたました。

エネルギッシュなイメージでありながら、女性の魅力を兼ね備えたスタイルのいいお人形さんのようでもありました。当時ではあまり見かけないタイプであちら系のPOP歌手のようでもありました。

あの頃、前田武彦と芳村真理の司会でフジテレビの看板番組の「夜のヒットスタジオ」が始まりました。その番組の中で「あなたにピッタリの恋人を見つけます」みたいなコーナーがあり、毎週該当歌手が選ばれ、その恋人をコンピューターが診断し見つけるのです。「夜のヒットスタジオ」が始まって数回目だったと記憶してますが、中村晃子にはなんと司会者の前田武彦が選ばれたのでした。その時のの中村晃子の号泣ぶりは今でも鮮烈に覚えていますが、一種つっぱった様な雰囲気の彼女の違う一面に触れたようでした。その後の持ち歌では大人の女性らしさを余すところなく発揮していました。デビュー当時は千葉の習志野に住んでいたようで兄の友人が必死に追いかけをしていたようで、当時の人気ぶりがわかります。

伊東ゆかり  「潮風のふたり」

seashore during daytime

発売日 1968年6/1

作詞 安井かずみ 作曲 平尾昌晃

この曲を知らない方がほとんどではないかと思います。この歌が伊東ゆかりの中で断トツに一番なのです。「星を見ないで」のB面です。この曲には深い思い出があります。小学校6年生の夏休みの宿題で何でもいいから詩を書いてきなさいというのがあったのですが、小6の私には詩などなにも浮かんできません。そこで持っているレコードの中から当時大ヒットだった「星を見ないで」のB面なら誰にもバレないだろうと、この「潮風のふたり」が浮かんできました。この曲は海辺を歩くカップルの唄で夏休みの季節にマッチしていたのです。そこでこの詩をそのままわら半紙に書いて「はい、宿題の詩持ってきました。」と担任の先生に渡したのです。「どこまで広い海、そしてその砂浜、あなたと歩きたい、あなたに寄り添って、疲れた時は片寄せて眠るの、いいわ、どこでもいいわ、白い波が砕ける、あの岩の影でも月を浴びたい」こんな詩を小6が浮かぶわけありません。恥ずかしくもなくよくも先生に提出したものだと、今思うと大人になってから赤面したものです。きっと先生(22歳の若い女性)も何かの歌をそのままコピペしたんだろうなと思っていた筈ですが、なにもこれにはコメントはありませんでした。

思い出があるのもそうですが、この曲自体のメロディー、詩ともに伊東ゆかりの楽曲のなかで最も好きな唄です。恋愛中の方に夏真っ盛りに聴いてほしい曲です。

中山恵美子  「長いつきあい」

a large building towers over a city

発売日 1974年

作詞 西條直樹 作曲 豊島哲 編曲 土持城夫

高校3年生の今から50年ほど前、平日の0:30~0:45TBSラジオで「エミ子の長いつきあい」という番組がありその主題歌です。その頃はラジオ深夜番組全盛時代で恵美子さんの声に癒され明日も頑張ろうという気持ちにさせてくれたものです。スポンサーは山野楽器で「なんとなく愛して、なんとなく別れた、けれどまた出会った街角、なんとなく長いつきあいになりそうな山野楽器・・・」と一部スポンサーの山野楽器を入れた替え歌でした。本当の歌詞「山野楽器」の部分は「そんな二人」です。番組の内容は恵美子さんが日常の何気ない出来事を優しく語り掛けるようなものだったと思いますが、あまり記憶はなく、なぜか主題歌が強烈に印象に残っているのです。当時は恵美子さん自身をあまり知らずにいたのですが、今になって当時は歌手、DJ、作詞家であったと知ったのです。

高校時代はあまりいい思い出がなく、通学も2時間かかっていて、何か次の朝がくるのが嫌でしたが、そんな時に毎日夜中に恵美子さんの声に癒されるのでした。

島倉千代子  「愛のさざなみ」

low-angle photography of field of trees

発売日 1968年7/1

作詞 なかにし礼 作曲 浜口庫之助

享年75歳。お千代さん。美空ひばりに匹敵する歌が上手い歌手です。震えるようなか細い声がたまりません。こんな声で切ない愛の唄を歌うわけですから、ひばり以上かもしれません。

「東京だよおっかさん」「からたち日記」「人生いろいろ」など大ヒット曲が沢山ありますが、この「愛のさざなみ」もお勧めです。浜口庫之助らしい曲で軽く爽やかで口ずさみたくなるメロディーは夏になると無性に聴きたくなるのです。これまで演歌系のイメージがあるところにこのようなPOPS系ののりのいい曲が現れたのですから新鮮な感覚を覚えたものです。

「繰り返す・・・繰り返す・・・さざなみのように・・・」というフレーズが何とも好きで夏の爽やかな海を連想させるのです。(実際は湖に浮かぶ小舟がただ一つという歌詞なのですが)

この「愛のさざなみ」の唄いっぷりが、後々の大ヒット曲「人生いろいろ」に繋がっているのではないのかと思います。

美空ひばりと双璧の昭和の大演歌歌手です。

藍美代子  「ミカンがみのる頃」

sliced orange fruits on white surface

今後 紹介予定です

 

黛ジュン  「恋のハレルヤ」

a large cathedral with a lot of tall pillars

今後 紹介予定です

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